Column

2017年6月9日 錦織圭 メンタル論争

2016年6月7日、全仏オープン準々決勝。
錦織圭、世界ランクNo.1のマレーに敗退。

敗退後、記事やネットの書き込み上を賑わせた「メンタル」の文字。
果たして錦織の敗因はメンタルに依るところが大きいのか?

と、メンタルを語る前に、長い前置きを。

時を遡ることおよそ40年ほど前。
ジミー・コナーズ、ジョン・マッケンロー、ビヨン・ボルグの3大スターが男子プロテニス界を牽引。
それぞれプレイスタイルや個性(性格)の異なる3人が、世界の頂を目指して熾烈な戦いを繰り広げていた。

1980年代も半ばを過ぎると、イワン・レンドル、ボリス・ベッカー、ステファン・エドバーグなどが頭角を現し、世代交代が進む。
また、この頃から衛星放送が開始され、グランドスラムにおける彼らのプレイをライブで楽しむことができるようになった。

私は、当時から時差による寝不足にも怯むことなく、かじりつくように彼らのプレイを観戦していた。

テニスは1ポイント、1ゲームごとに激しく「静」と「動」が交差する。
野球の投球間やイニング間、相撲の仕切りのように、息を飲んで見ては、大きく一息いれる。
メリハリの効いた「間」が交互に訪れる。日本人好みの競技と言えるだろう。

話を戻す。
1990年代に入ると、盟主の座はレンドルから、ピート・サンプラス、アンドレ・アガシのアメリカン2人へ。
2000年代に初頭には、ロジャー・フェデラーが一気に頂点に駆け上がり、無双状態に入る。
後にレッドキング(赤土の鬼)、ラファエル・ナダルがフェデラーに肩を並べ、2強時代を築く。
そして、2000年台後半、その2強を必死に追いかけていた、ノバク・ジョコビッチ、アンディ・マレーが加わり、今にいうビッグ4が形成されることになる。

以降約10年間にわたり、ビッグタイトル(年4回のグランドスラム(GS)、年9回のマスターズ(MS))のほとんどをビッグ4が独占してきた。
数字にすると125/135回(大体合っていると思う)。ビッグ4勝率93%!
競技人口を考えたら、ありえない数字であり、ビッグ4の盤石の強さを示している。
ちなみに、この間ビッグ4以外でタイトルを手にしたのは、 トンガ、チリッチ、フェレール、ワウリンカ(3回)、デルポトロ、ズベレフの4人のみ(多分。私の記憶だけ。調べる勤勉さがない)。

テニスは超がつくほどのメジャー競技で、圧倒的な競技人口を誇るが、こうした40年弱の大まかな歴史や現状を見ても、 サッカー以上に欧米人のためにあるような競技であることが分かる。
(2017年6月現在も、男子ランキングトップ50の中で、アジア人は錦織一人だけである。他49人はすべて欧米人)
錦織が現れるまで日本人男子の世界最高ランクは松岡修造の46位。
卓球やフィギュアスケートのように世界上位に食い込むなど、夢のまた夢だった。
錦織の世界最高ランク4位、GS準優勝1回、ベスト4 1回、ベスト8 4回、MS準優勝3回という実績は奇跡に近い。

日本人などいなくとも、十分に楽しめていたテニス観戦。
そこに「グランドスラムで優勝できるかも」という日本人が現れたわけである。ハマらずにはいられない。
2014年以降、私の中で錦織の試合観戦は、時差にも負けず、寝不足にも負けず、何にも勝る最優先事項となった。

敗退すれば異常なまでに落胆するが、それ以上に夢を見させてもらっている。世界の頂に手が届くかもしれない…。
私の目の黒い間に、そんな期待を抱かせてくれる日本人選手はおそらく出てこないだろう。

それにしても、である。
170センチ代の体格で190センチ前後の欧米人選手に真っ向から立ち向かい勝利する姿は、まさに「柔能く剛を制す」。
高度経済成長期、小型ながらも優れた性能と機能で大型の外国車に対抗し、世界を席巻した日本車と彼を重ねるのは私だけだろか。

1対1で格闘するスポーツ。星の数ほどの競技人口。
しかも体格による各級分けなしの無差別級の世界。
その中で170センチ代の日本人が、ラケット1本で欧米の大男たちを従える。
そんな奇跡を錦織はまだ諦めていないだろう。

さて、本題のメンタル論争(これからか!)

マレー戦。ほぼ完璧なテニスでファーストセットを取ったが、結果的にはセットカウント1-3で敗れた。
その後は、冒頭で述べたようにどこの記事もメンタル、メンタル、またメンタル。

100%メンタルで負けたのだろうか。
私はメンタルなど敗因の10%にも満たないと思っている。
焦点も解らずに、右へ倣えで「メンタル」の大連呼。
バブル時代の代理店営業が、少しも英語が話せないのに、わざわざ優先順位を「プライオリティーがね…」とか、 横文字を得意げに使っているのと同じレベル。

この敗戦、一言で言うならランキン通りの結果であるということ。
男子テニスの世界ランキングは、あまり嘘をつかない。間違ってもフロックでは1位にはなれない。
サーフェイスやその日のコンディション等々あるが、1位のマレーと9位の錦織の対戦であることを考えれば、錦織の勝つ確率は10~20%。
昨年の全米OPはその10~20%に振れたが、今回は確率通りの結果が出たということ。

前述の通り、ビッグ4は盤石の強さを誇っている。
どちらかが極端に好調、あるいは不調でもない限り、1位が9位に勝つ確率は極めて低い。

その中で「テニスの質は勝っていた。メンタルで負けた」との声。
まず「テニスの質」というのが間違い。正確に言うならストロークの質と展開力である。
確かにそこは勝っていた。言い方を変えればそれ以外は劣っていたということである。

錦織は繊細でスタイリッシュなストロークと展開力が最大かつ唯一の武器。これに関してはフェデラーと双璧と言っても過言ではない。
ただ残念ながらテニスはそれだけではない。サーブ、スマッシュ、レシーブ、ボレー、戦術、スタミナ、スピード…。
サーブは二流のレベルだし、体格故にパワーもスタミナも劣る。ストローク以外は、ビッグ4に劣るのが事実だ。
すなわち総合力で負けたということである。
メンタルなどごく一部の要因に過ぎない。

期待が大きい分、裏切られたという反動で、彼のメンタルを叩くが、 メンタルの具体性を述べている人はほとんどいない。くどいようだがバブル期代理店営業(横文字くん)と同じである。

錦織のプレイスタイルはハマった時は爆発するが、歯車が狂うと戻すのに時間が掛かる。あるいは戻らない時がある。
なぜなら劣勢を跳ね返す他の武器がないからである。
それはマレーも知っている。だから、マレーは2セット目以降、1センチでもボール深く、1キロでもボールを早く、 1回転でも多くスピンをかけるなど、傍目にはわからないレベルで、まさに総合力を駆使して錦織の歯車を徐々に狂わせていく。
咆哮や威嚇もその一つだ。その術中に錦織はハマっていった。強い時のマレー、ジョコビッチ、ナダルには、大概このパターンで敗れる。
総合力で最終的には相手を上回るのがビッグ4である。

錦織も格下と戦う時は、相手がどんなに好調でも、錦織がマレーにやられたように、ストロークという武器を駆使して、相手のリズムを狂わせていく。
結果、10位以下の選手の取りこぼしが少ない。
しかし、それがビッグ4には通用しないのが現実だ。

今の錦織は、相撲で言えば毎場所10勝5敗の万年大関。
大横綱になる力士の多くは、大関の地位を一気に駆け抜けていく。
大関在位何十場所という力士(魁皇、先代貴乃花、北天佑、千代大海等々)は、頂点を獲れない(ケースがほとんど)。
ビッグ4も20歳代前半でビッグタイトルを獲得している。

地味な記録だが、昨年の全豪から今回の全仏まで、GS6大会連続でベスト16入りを果たしているのは、トップ10で錦織だけである。
素晴らしい安定感である。だが、まさに「万年大関」のように、この辺りが限界であることを暗に示している記録でもある。

正直言うと錦織がGSを獲るのは、難しいだろう。
彼のプレイスタイルで、ビッグ4+ワウリンカ、ラオニッチ、若手のティエム、ズベレフ、キリオス等々を次々となぎ倒し、 5セットマッチ7試合を勝ち切れるイメージは沸かない。

ではどうしたらビッグタイトルを獲れるか?
技術的なことを1だけ言えば、やはりサーブ力。

例えばフェデラー。すべてのプレーがハイレベルの選手だが、彼の最大の武器はサービスゲームの安定感である。
ファーストサービスはもちろん、セカンドサービスでも高確率でポイントが取れる、レベルの高いサービス力。
相手のサービスゲームを一つでもブレイクすれば、残りのリターンゲームは多少流しても、自分のサービスゲームをしっかりモノにしてセットを取る。
そんな省エネテニスができるから、勝ち上がっていってもテニスの質が落ちないという好循環になる。

一方で錦織。やっとの思いで取った虎の子のブレイクも、いとも簡単にブレイクバックされるケースが多い。
結果、試合はもつれ、長時間マッチとなり、体力は削られ、無理をすると体が悲鳴をあげて怪我をするという悪循環。

現状の倍以上にサービスのフリーポイントが増えないと、難しいだろう。

そんなことは本人も陣営も、とうの昔に分かっていて、相当サービス改善の努力をしてきたのだろう。
ただ、これは物理的な問題で、背が低くリーチが短いため、どうしても打点が低くなり、角度がつかずに確率も落ちる。
相手は錦織のサーブを脅威を感じない=圧力を与えることができないわけである。
今後、劇的にサーブが向上することは考えにくい。

ではどうすればGS、MSのタイトルを取れるのか?

それは「運」しかない。(ここまで引っ張って「運」かよ)

ビッグ4全盛期と年齢的なピークが重なった錦織は、それだけでも運が悪い。
前後5年でもズレていたら、1つや2つ、GSを獲れていただろう。
毎回ドロー運も作為が働いているのかと勘繰りたくなるほどに悪い。

運が良かったところで勝てない選手がほとんどだが、 錦織はドロー、日程、本人と相手のコンディション等々、 幾つかの要素が味方するタイミングがあれば勝てるレベルの選手である。
不謹慎ではあるが、上位の数人が怪我で棄権、あるいは錦織と当たる前に不覚をとる。その上で錦織は好調をキープ。
こうした展開になる可能性は決して0ではない。これまで最悪のドロー運だった反動で、好ドローが連続することだってあるかもしれない。

フットワークが生命線の彼のプレイスタイルからして、上位にいられる期間もおそらくあと2年くらいだろう。
その間に、信じられないような幸運と巡り合えることを切に願って。