今年は父の二十三回忌。
感謝の気持ちを込め、父の愛おしい運動にまつわる強烈なエピソードを紹介。
エピソード1:キャッチボールとノック
スポーツ嫌いで読書家だった父。
運動に関しては超がつくほどの音痴。
だから私との相性は、正直言って良くはなかった。
物心ついた時から、父とキャッチボールをやっても、
気を遣い、キャッチしやすいボールを投げるのは私の役目。
それでも父は何度もおでこやお腹でボールを受けていた。
そう、まだ7歳の私が投げたボールを体を張って止めていたのだ。
そして、私はといえば、父の暴投をいつも拾いに走っていた記憶しかない。
とてもキャッチボールと呼べるようなものではなかった。
それでも優しい父は「ノックをしてやる」といってくれた。
私はとてつもなく嫌な予感がした。
そして、それは見事に的中する。いくら構えてもいっこうにボールは飛んでこない。
ボールは父の足元でむなしくバウンドし、
凄まじいスイング音だけが聞こえるばかり。
簡単に言えば空振りばかり。
たまにバットに当たったかと思うと、ため息が出るほど私のはるか頭上を超えていった。
一人でボールを壁に当てていた方がはるかに練習になった。
父も今ごろ天国でクシャミをしているだろう。
エピソード2:裏拍子の縄跳び
小学校4年生のとき「全校縄跳び大会」を明日に控えていた私は、
夜、団地前の街灯の下でもくもくと練習をしていた。
そこへ仕事を終えた父が帰ってきた。
「ちょっと俺にもやらせろ」と父。
と、次の瞬間、私は信じられない光景を目撃することになる。
父はひざが直角になるまで曲げてジャンプし、
縄を回すまではいいが、タイミングがメロメロのレミオロメン。
何度やっても縄が頭上に上がっているときに着地してしまうのだ。
裏拍子というか何というか。ただの1回も飛べないのである。
ちっとも酒臭くないのに「今日は酔っ払っているからダメだ」と
捨てぜりふを吐いて悲しそうに家の中へ消えていった。
あの後ろ姿がやけに目に焼き付いて忘れられない。
今日も天国でクシャミをしているだろう。
エピソード3:ゴルフ打ちっぱなし
父の運動神経にまつわる次なるエピソードの前に
名誉を回復しておかないと呪われそうだ。
父の学生時代のあだ名は二宮金次郎だったという。
それこそ牛乳瓶の底のような分厚い近眼鏡をかけ、
歩いているときでさえ本を読んでいたらしい。
だいぶ処分したが、今でも実家には小難しそうな本が山とある。
それでも、外で遊んでばかりいた私に、
「本を読め」とか「勉強しろ」とかうるさく言ったことはない。
優しい父だった。
あまりのバカさ加減に、言っても無駄だと思っただけかもしれないが…。
さて、次なるエピソード。
"力む" という言葉はプラスの意味で使われることはない。
私の父のスポーツは、その "力み" のカタマリだった。
ジョギングでさえ力むのである。
地面に恨みでもあるんじゃないかと思うほどの足音を発し、
手は汗ばむほどのゲンコツ、顔は真っ赤ときている。
普通に走るだけでもこんなだから、
他のスポーツをするときはどんな状況になるか、容易に想像がつく。
生前、1度だけ一緒にゴルフの打ちっ放しに行ったことがる。
往きの道すがら「お前はゴルフクラブを握ったことがあるのか。持ち方はな…」
と偉そうにのうたまう父。
私はフンフンと流して聞いていた。
その一方で、典型的なサラリーマンだったから、
ゴルフは何度かやったことがあって、そこそこ上手いんじゃないかな…
という淡い期待もあった。
が、それも初っぱなのドライバーショットを見た瞬間、
あっさりと裏切られることとなる。
もう、アドレスに入ったときから顔が真っ赤なのである。全身が力んでいる。
グリップの握りは既にカラカラのおしぼりから滴を垂らすかのごとく。
そして、まだ1球も打ってもいないのに額には玉のような汗。
周りの空気まで熱くなるほどだ。
ところが打ったボールは、パターの練習かと見まごうばかりに、
数メートル先をコロコロと転がっていた。
私も最初はまともにヒットしなかったが、タイミングがあってくると、
そこそこ真っ直ぐ飛ぶようになった。
隣では相変わらず父がドライバーでパターの練習をしている。
1打ごとに「ウッ!」と、シャラポワばりの声を出している。
そういえば父は、メモ用紙を剥がす時でさえ、
「ウッ!」と、シャラポワばりの声を出していた。
見かねて「打つ直前までもっと力を抜いてみれば」と言ったが、馬の耳に念仏。
なおいっそう力みだす始末。
遠くへ飛ばすには目一杯力を入れること、それを信じて疑っていない様子だ。
結局、ドライバーを50球打って、ボールが綺麗なアーチを描くことは一度もなかった。
終始機嫌が悪かったが、ドライバーで打った球が、
30メートルほど先にあるアプローチ練習用のカップに吸い込まれた時は
少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
あの時のはにかんだ笑顔がやけに目に焼き付いて忘れられない。
今ごろ天国でクシャミをしているだろう。