2021年4月9日
熱闘!代々木第二体育館
中三高 VS 春一番高(第八話)
連載八話の前に。
プロ野球が始まりましたが、
いつの間にか球場名が
コロコロ変わりすぎでしょ。
服だけでも
「ズボン」が「パンツ」に、
「ジャンバー」が「ブルゾン」に、
「とっくり」が「タートルネック」に、
「チョッキ」が「ベスト」に、
「パンタロン」が「ベルボトム」に
変わっていまだにしっくり
きていないのに。
「福岡ドーム」も
「名古屋ドーム」も
「西武球場」も
呼び名が変わり、
覚える気すらしません。
コロコロ変わる原因は
命名権とやらみたいです。
「施設を持つ自治体が、一定期間名付け親になれる権利を売ること」らしい。
自治体の借金返済対策ですね。
PayPayドーム(旧福岡ドーム)とか、
コロナ感染防止対策以外にも
球場名変更に伴い新たな
入場制限が設けられました。
偉い肩書を持つ人は入場NG。
入場できるのはペイペイの人のみ。
ということで、
中三高校 VS 春一番高校、第八話です。
主審と副審を挟むかたちで両校の選手がセンターサクールで向かい合った。
『あら、かわいい』と森が心の中でつぶやいた。
中三高校と春一番高校は初対戦である。
試合中や練習中の姿を遠目から見たり、ブラウン管越しには何度か見ていたが、こうして伊藤、田中、藤村の3人を目の前で見るのは、はじめてだった。
春一番高校は主力の3人はもちろん、皆とてもバスケットボールという激しいスポーツを毎日やっているとは思えないほど、小柄で華奢でキュートだった。
雑念を振り払い、桜田は意識的に表情を固く引き締め、キャプテンの伊藤と握手をした。
伊藤はそんな桜田の厳しい表情に対し、握手をしたまま桜田を見つめ、にっこりと微笑みを返してきた。特段に美人ではないが、何ともいえない愛嬌が彼女の最大の魅力である。桜田に微笑みを返す余裕はなかった。先ほどまでの集中力が消え、またあの騒々しい応援の声に耳を塞ぎたくなった。
『もう相手のペースだ』桜田はそんな感覚に襲われた。
ジャンプボールに倉田と清水が対峙した。主審の手からボールが離れ、決勝の火ブタが切られた。
ボールはまず中三高校の手に収まった。予想通り相手は3-2のゾーンディフェンス。前列3人、左に藤村、真ん中に伊藤、右に田中がポジションを取っている。
森は石川にボールを預けた。石川はセンターの倉田を見た。しかし、倉田はポジション取りに苦労していた。春一番高校の清水はセンターとしては小柄だが、体の入れ方が上手く、倉田へのパスコースを消していた。石川は森にボールを戻した。森は山口にパスを回した。3ポイントシュートを不得手としている森がボール持ったときは距離を詰めてこなかったが、ポイントガードの山口にボールが渡ったとたん、スルスルと藤村が詰めてきた。シュートの機会を逃した山口は、新たなパスコースを探した。しかし、春一番高校のディフェンス陣が絶妙なポジショニングをしており、有効なパスコースが見つからない。
結局シュートエリアからかなり離れたところまで出てきた桜田にパスを送った。
今度はサッと田中が詰めてきた。
背の低いチームがここまで勝ち上がってくるにはそれだけの理由があるはずだ。桜田はその理由の一つを理解した。一人ひとりの基本とチームとしての戦術がしっかりしているのだ。
桜田は強引にドリブル突破を図り、ジャンプシュートを放った。しかし、田中を完全に振り切れず、無理な体勢で打ったためボールはリングに嫌われた。
リバウンドボールは春一番、清水の手におさまり、すぐにガードの田中へパスが送られた。田中はスピードある重心の低いドリブルで、ボールをフロントコートへと運んだ。
そこから、春一番高校の小気味のいいパス回しが始まった。田中→清水→伊藤へとパスが回り、そこで伊藤が鋭くカットイン。そこに中三高校のディフェンスが引きつけられた。伊藤はすかさず藤村へ正確なバウンズパスを送った。藤村にボールが渡った時は、完全なフリーの状態。あっさり先制のゴールを許してしまった。
中三高校は、桜田がシュートフェイクからセンターの倉田へパスを通した。しかし、春一番の清水が、しっかり体を寄せているため、リングを向くことができない。強引にフェイドアウェイのショートを放ったが、エアーボールとなり、藤村にリバウンドを奪われた。
春一番高校は、藤村から田中へボールが回り、左サイドに流れていた岡田へパス。岡田はすぐさま右サイドからフリースローラインに走り込んできた田中にパスを通した。田中は、自分が走り込んできた逆サイドにノールックパスを送った。一瞬パスミスかと見まがったが、そこに伊藤が走り込んでいた。ほぼフリーの状態となった伊藤は、躊躇なく3ポイントシュートを放ち、ノータッチでリングに吸い込まれた。
森が田中の動きにつられ、自分の責任範囲以上のエリアまで追ってしまい、ゾーンディフェンスのバランスが崩れた一瞬の隙をを田中は見逃さなかった。
春一番高校の攻撃は、トライアングル・オフェンスと呼ばれている高度な戦術だ。
サッカーで言うなら1974年にヨハン・クライフを中心としたオランダ代表チームが見せたトータル・フットボールである。全員攻撃全員守備が基本にある戦術で、個々の選手が思いのままにポジションチェンジを行いながら素早くパスを繰り返す中で、防御側にスキを作り出す攻撃である。
結果、フリーになる選手を作り出し、確実に得点を重ねていく。コート上の5人全員が協調して動くことが基本であり、全員が一定以上の能力とスタミナを有しないと実現し得ない。桃色学園の根本のように、突出した選手が存在しなくても強力な攻撃を発揮することができる。
これはディフェンスにも言える。全員が連動したディフェンスを行うことで、オフェンス側にフリーの選手を作らせない。
スターティングメンバーの平均身長が159センチと、全国レベルではあり得ない高さである春一番高校が決勝まで勝ち上がってきたのは、この戦術とそれを可能にする選手の能力に他ならない。
連続ゴールを決められた瞬間、中三高校の5人全員が一瞬立ち尽くした。昨日の準決勝開始早々に、桃色学園根本の高速カットインで先制ゴールを決められたときとは異なる衝撃が彼女たちの足を止めたのだ。決して中三高校の5人が緊張していたわけでも、浮き足立っていたわけでもない。普段通りのフットワークでディフェンスをした。それをあざ笑うかのような相手のパス回しに翻弄され、連続ゴールを許したのである。
桃色学園戦のように、限られたプレーヤーを集中的にマークすれば済む問題ではなかった。桃色学園に限らずこれまで多くの強豪校と対戦してきたが、元祖高校の天地、木綿高校の太田など、必ずキープレーヤーがいた。言い換えればそのプレーヤーを抑えれば、自分たちのペースで試合を進めることができた。しかし、春一番高校の攻撃はその“的”を全く絞ることができない。
桜田が「行くわよ」と声をかけ、ようやく中三高校の選手はオフェンスの体制に入った。
桜田は、1本返すことが先決だと気持ちを切り替えることに努めた。もし、ここで決められず、相手に3連続ゴールを許すようだと、序盤から苦しい展開になることは想像に難くなかった。
山口も同様の思いでいた。このオフェンスはこの試合を左右するかもしれない。相手に「中三高校組みやすし」という余裕を与えてしまうことにもなる。あの緩急自在なパスワークを防御するには時間がかかる。それまでは桃色学園戦同様、離されずに食らいついていくことが重要だ。
つづく。