2021年4月2日
熱闘!代々木第二体育館
中三高 VS 春一番高(第六話)
連載六話の前に。
みんさん。
「インスタ」やっていますか。
私は最近やってないな。
(最近?)
40年ほど前はよくやっていました。
(40年前?)
それこそ勉強もせず、
紙に載せたフィルムシートを上から
ボールペンの頭でせっせとこすって。
カセットテープの
タイトルラベルを夜なべして
作ってました。
私の場合、
「KAI BAND」が多かったので
アルファベットだと
「A」がすぐなくなるんですよ。
「V」とか「X」ばかりが残る。
もったいないから
少しも興味ないのに、
無理矢理ヴァン・ヘイレンの
レコードを借りたりしたものです。
懐かしいな〜。
インスタ。
「インスタント・レタリング」
ということで、
中三高校 VS 春一番高校、第六話です。
決勝前夜。
「スポーツニュース、はじまるよ」
森の声に、宿舎にいる中三高校の全部員が食堂にあるテレビの前に集まった。
「さあ、続きましてはスポーツコーナーです。安西キャスターに伝えてもらいましょう」
スポーツニュースといっても、21時から放送している報道番組の1コーナーである。深夜帯のスポーツ専門番組まで夜更かしすることはできない。
大相撲初場所で、横綱北の海が7日目が富士桜に敗れる波乱が起きたというニュースを伝えていた。
「続いて、注目の全国高校バスケットボール大会をお伝えしましょう。まずは、本日正午から行なわれた男子決勝戦、福岡県代表「安奈高校」対、広島県代表「アリス学園」の試合からご覧ください」
という安西キャスターの声に続き、男子決勝のダイジェスト映像が始まった。
結果は安奈高校が78-67でアリス学園を破り悲願の初優勝となった。エースの甲斐が34得点とまたしても大爆発の活躍だった。
「アリスの谷村くんや堀内くんより甲斐くんの方が好みかな」
この森の言葉に対して山口が言った。
「私は甲斐くん、なんか生意気で偉そう。タイプじゃないな」
それが墓穴を掘った。
森「そうね、あなたは三浦くんみたいに誠実そうな人がタイプなのよね」
山口「なんでそこに三浦くんが出てくるのよ」
桜田「うまくいっているの、三浦くんと」
山口「いいじゃない、そんなこと」
森「もう“ひと夏の経験”しちゃったんじゃないの〜」
山口「ばっかじゃない」
試合における絶妙なパスワークのような会話が続いた。
「初優勝を飾りました安奈高校のキャプテン甲斐選手が、めずらしくインタビューに答えてくれました。その模様をどうぞ」と安西キャスター。
森「あら、珍しい。何を話したのかしら」
レポーター「本日はどのような気持ちで試合に臨まれたのですか」
甲斐「 “ヒーローになる時それは今”。それだけです。」
「ふえ〜聞いた!キザね〜。ヒーローになる時、それは今、だってさ。」
森がおどけながら言った。
「昨夜から徹夜して考えたんじゃないの。とっさにこんなコメント出るかしら」と桜田。
「そうね。でもデカイ顔と態度だけど、しっかり結果を出すからね」と山口。
「さて、続いて女子の準決勝です。会場は超満員となり大変な盛り上がりを見せました。まずは14:30から行なわれた第一試合、「春一番高校」対「元祖高校」の試合からお伝えします」
2分ほどにまとめられた第一試合のダイジェスト映像が流れた。春一番高校の伊藤、田中、藤村がシュートを沈めるシーンばかりを編集した映像を見せられると、不思議なもので、どのチームより強豪に見えてしまう。男子のダイジェストの時と比べ、みな真剣に画面を見つめていた。
ダイジェストが終わると、数人の部員が小さなため息をついた。根本、増田ほどのインパクトはないにしても「手強い相手」であることは間違いないと感じたからだ。
「第一試合終了後、春一番高校のキャプテン伊藤選手から注目の発言がありました。ご覧ください」
「注目発言?何か嫌ね。決勝の前に」
森が不安げな表情で言った。
春一番高校、伊藤がブラウン管に映し出され、少し俯き加減に話しだした。
「私と田中、藤村の3人が、正式競技としてバスケットボールの試合に臨むのは明日が最後になります。大学に進学しても、あるいは社会人になっても、バスケットを続ける予定はありません。普通の女子大生、OLになります。よって明日は私たちの集大成となる試合をしたいと思います」
「これは困ったことになった」
桜田が神妙に言った。
「どういうこと。困ったことって?」と森。
「分からないの。たたでさえ、彼女たちは人気があるのに、今の発言でさらに注目が集まることになるわ。それに、地元東京での試合。私たちにとって明日の試合は間違いなく完全アウェイの状態になるでしょうね」
山口が冷静に分析した。
「初優勝のチャンスだからね。「手段選ばず」ってところかな。すべてを味方につけようということね」
桜田も平静を装っているが、内心は穏やかではなかった。
「心配するな。彼女たちにも相当なプレッシャーになるはずだ。我々の方が開き直れて冷静に戦えるかもしれない」
阿久が部員たちの動揺を抑えた。ブラウン管では第二試合のダイジェストが始まろうとしていた。
「さあ、続きまして17時から行なわれた第二試合、事実上の決勝戦ともいわれる好カード「中三高校」対、「桃色学園」の試合をご覧頂きましょう」
画面では山口が根本からチャージングをとったシーンが流れていた。このプレーがこの試合の分岐点となったというコメントも添えられていた。
ダイジェスト映像に続き、監督の阿久、キャプテン桜田のインタビュー映像が流された。
二人とも「明日も普段通り、中三高校のバスケットをするだけです」と当たり障りのないコメントに終始した。
「テレビは消してくれ。明日のミーティングをしよう」
阿久の声でテレビが消され、一同が食堂中央に集まった。
「今日は前半だけだが、会場で春一番高校の試合を見ているからビデオ分析はなしだ」
桃色学園戦のことで頭がいっぱいだったため、ほとんど試合を見ていなかった中三部員は思わず俯いた。
「今テレビで見たように、そして、山口が分析したように、伊藤の発言で明日の会場は、春一番高校の応援一色になるかもしれない。しかし、お前たちは夏の高校総体も含めれば明日は3度目の決勝戦だ。まずはその経験に自信をもつことだ。春一番高校は伊藤、田中、藤村はもちろん、学校としても初の決勝進出でもある。序盤は必ず浮き足立つはずだ。お前たちが雰囲気に飲まれることなく、普段通りの戦い方ができれば、負ける相手じゃない」
阿久は戦術ではなく、自分たちが精神的に優位に立っていることをあらためて強調した。中三高校部員たちは小さく頷いた。続いて戦術の話になった。
「明日のディフェンスは2-3のゾーンでいく」
監督の指示は桜田の予想通りだった。技術的には桃色学園の根本と増田の方が上だろう。春一番高校の場合、基本的には伊藤がポイントガードで、田中、藤村を含めた3人が巧みにポジションチェンジを繰り返しながら、パスワークで攻撃を組み立てていく。いつの間にかフリーの状態でシュートを打たれてしまうというパターンだ。ゾーンで自分の責任範囲をしっかり守る方が得策だろうと桜田も考えていた。
「高さはないが、伊藤の3ポイント、田中のドリブルインは精度が高い。しかし、この二人にあまり気を取られるな。二人に気を取られていると藤村がフリーになり、確実にシュートを決められる。伊藤と田中のプレーが派手な分、目立たない存在だが、実は藤村が春一番高校のバランスを取っているキープレーヤーだ。派手さはないが、基本がしっかりしていて、どんなプレーもミスが少なくソツのないプレーをする」
『要注意は藤村さんか…』桜田がつぶやいた。中三トリオの中では、山口に近いタイプだろう。それにしてもスターター5人の平均身長が159センチのチームが決勝まで勝ち上がってきたことは奇跡に近い。私たちも決して高くはないが、センターの倉田が180センチあり、攻撃に幅を持たせてくれている。春一番高校はセンタープレーヤーすら167センチしかない。よほど、パスの精度が高くスピードがあるのだろう。ある意味、桃色学園よりやり難いかもしれない…。桜田は春一番高校に対する警戒を強めた。
「次にオフェンスだ。相手は3-2のゾーンでくるだろう。高さがない分、ボールを持った相手に対しては一人が激しく当たりにいく。そして、対戦校は「春一番は高さがない」という意識が強いため、オフェンスは安易にセンタープレーヤーにボールを入れようとする。そのボールのインターセプトを必ず誰かが狙っている。そこから速攻という得点パターンが最も多い。我々もセンターの倉田にボールを入れるときは細心の注意を払うように」
「はい」
中三部員たちは手強いという認識は持ったものの、桃色学園戦を前にした昨夜ほどの緊張感はない。ミーティングを終え、各々が部屋に戻っていった。
就寝前に桜田がトイレに入った時、個室から嗚咽が漏れる声が聞こえてきた。
「誰?どうしたの」桜田が声をかけた。
「大丈夫、なんでもない。」山口の声だった。
「どうしたのよ」
「明日が本当に最後の一戦だと思ったらちょっと感情が溢れちゃって。人前で泣くのは私のガラじゃないし。」
いつも冷静そうな山口。明日もいつも通り淡々とプレーするものだと思っていた私は猛省した。明日の一戦に対する覚悟は、私の比じゃない。このトイレの仕切りの向こう側で見せた山口の涙は、桃色学園戦前より緩んでいた私の気持ちを引き締めるには十分すぎた。
つづく。