2021年3月30日
熱闘!代々木第二体育館
中三高 VS 春一番高(第五話)
連載五話の前に。
先日の土曜日。
陽気に誘われて、多摩川まで
散歩に行った時のこと。
土手に座って休んでいたら
近くで1匹の猫が、
ガツガツと穴を掘り始めたんです。
よほど気になるものが
あったのか、居たのか
ふんにゃ、ふんにゃ言いながら、
もう、一心不乱に。
そこへ、もう1匹の猫が
近づいてきました。
「おまえ何してんだ」
といった感じでね。
穴を掘っていた猫は、
手を止めて「あっちいけ!」と牽制。
「おまえには見せない、掘らせない」
と、睨みつけます。
近づいてきた猫も
何を掘っているのか気になり、
なかなかそばを離れません。
問題です。
この2匹の猫のやり取りのバックに
流れていた曲はなんでしょう。
ヒント、世界のロック史に残る不朽の名作です。
答え:
「ホテルカルフォルニア」
(掘ってるから掘るにゃ~)
ということで、
中三高校 VS 春一番高校、第五話です。
後半開始直後「えっ」と桜田が小さく声を漏らした。根本がピッタリと桜田のマークにきたからだ。
相手ディフェンスがマンツーマンに切り替わったことで、中三高校の選手は一瞬戸惑ったが、森が冷静にゆっくりとしたドリブルで状況確認の時間をつくった。このあたりの冷静さが、百戦錬磨の中三高校らしいところだ。阿久はベンチで思わず笑みをこぼしていた。
「マンツーマンに切り替えてきたな。好都合だ。桜田を止めるためにマンツーマンで根本をつけてきたが、桃色学園はあの二人以外、マンマークで厳しく相手にプレッシャーをかけられるレベルではない。自分のマークしか見れず、周りがほとんど見えていない。桜田が無理しなくても余裕を持って攻撃ができる。桃色学園に焦りが生じてきている証拠だ」
森はセンターの倉田にボールを入れた。マンツーマンになり、倉田も比較的ゴール下での自由がきくようになった。倉田についている選手は背が高いだけで動きは鈍い。左にターンし、あっさりとマークを外し、ゴールを決めた。
桃色学園は早速ボールを根本にまわした。
山口は集中した。後半開始直後の1本目が勝負だ。根本の動きを見極め、チャージングをとって出端をくじけば、根本だけでなく桃色学園全体が動揺するだろう。
根本はパスを受け取ると、すぐにドリブルに入り、ペースダウンした。
『右に肩を入れたフェイクの次に左だ』山口は確信した。
根本はドリブルをしたまま半歩下がり、山口との間合いを図った。
山口は仕掛けた。体重を前にかけ、ドリブルをカットにいくフェイクを入れた。
根本は、山口の動きを逃さず、トップスピードで左サイドを抜きに行った。その瞬間、ドンッ!という衝撃を受けた。山口が見事に根本のドリブルコースの正面に体を入れた。「ピーッ!」笛が鳴り「ファール!チャージング」と主審の声。
「まさか…」根本だけでなく、桃色学園ベンチ、そして会場が一瞬静まり返った。
山口はガッツポーズひとつせず、何事もなかったかのように、攻撃のポジションに戻っていた。
中三高校は、桃色学園の動揺を見逃さなかった。相手のマークにズレが生じているうちに、森、山口、桜田と小気味よくボールが回り、連続ゴール。4点差まで詰め寄った。
桃色学園は、フロントコートに入ると再び根本にボールを回した。
バスケットボールに限らずスポーツは心の動揺がプレーに出る。攻撃的ディフェンスとも言えるチャージングは、止められた側はリズムが狂い、取った側は勢いがつく。根本の目には、明らかに止められた怒りと焦りが現れていた。しかし、山口は根本にいくら抜かれても、チャージングをとっても、一切表情を変えなかった。これが根本を余計に苛立たせていた。
根本は、山口を抜ききれなくなった。動きを止められ、一旦増田にボールを回した。しかし、桜田がすぐに体を寄せて増田にシュートチャンスを与えない。しかたなく増田はセンタープレーヤーにボールを入れた。桃色学園の攻撃テンポが悪くなっているのは誰の目から見ても明らかだった。S.O.S。桃色学園の乙女たち、大ピンチ。
最後は再び根本にボールを預けた。桃色学園はすでに根本のドリブル突破以外、攻撃が組み立てられなくなっているのだ。根本は、カットインにいく前に、一瞬躊躇した動きを見せた。すかさず森がダブルチームにいく。苦し紛れに根本が増田にボールを戻そうとした。それを桜田が見事に読んでインターセプト。それまでの根本には見られなかったプレーだった。気持ちにゆとりがなく、周りが見えなくなっている証拠だ。桜田はそのまま難なくフリーでレイアップを決めた。
あとは中三高校の一方的な試合となった。阿久が考えていた通り、経験とチーム力の差が明らかに出た。加速した勢いは、ノっている時は手が付けられない。しかし、それが削がれた時はあまりにも脆く崩れるものである。後半の桃色学園は準々決勝、そして今日の前半までとは、全く別のチームになっていた。
桃色学園が息を吹き返すことなく中三高校が81-60で桃色学園をくだした。後半だけを見れば、48-21の大差となった。
阿久は、勝負事の怖さを痛感していた。おそらく都倉は、100%勝利を確信していたことだろう。一方、阿久は試合直前まで、勝利の糸口を見出せずにいた。結果は中三高校の大勝である。阿久は冷静に勝因を分析していた。
・ 中三高校がわずか10点のビハインドで前半を折り返したこと(前半終了間際の桜田のポイントが大きかった)。
・ 二枚看板の一人である、増田にほとんど仕事をさせなかったこと。
・ 一方的な展開を予想していた都倉が前半終了時の「10点差」に焦りを感じたこと。
・ そのため、決して崩されていたわけではないのに、桜田を警戒するあまり後半からディフェンスをマンツーマンに切り替えたこと。
・ そして、後半開始早々に山口が根本から取ったチャージング。一撃必殺のカウンターとなって、大きなダメージを相手に与えた。
阿久は試合後の挨拶を終え、ベンチに戻ってきた選手たちを頼もしく見つめていた。
一方、都倉は泣き崩れる選手たちを前にして、かける言葉さえも見つからないでいた。
かくして決勝戦は「中三高校」×「春一番高校」の対戦となった。
つづく。