Column

2020年11月29日
遠い昔の自粛の話。


だいぶ前から多くの方が
予測はしていました。
想定の範囲内です。

間違いなくこのままでは
「減る」ことはあっても
「増える」ことはないと。

(逆じゃね?)

確実に第三波、きてますね。

(だから逆じゃね?)
(増えると減るが)

なんの話しているんですか?
コロナの話なんかしていません。
私の頭髪のことです。


それにしても難しい局面ですね。

(どっちが?)

コロナですよ。

「悪いうわさ」(甲斐バンド/1977年)
という曲にこんなフレーズがあります。


♬ 枯れた花が空を埋め
傷つくのにも疲れ果て
ほんの小さな幸せ
それも忘れてしまった

一人じゃ寂しすぎ
二人じゃ辛すぎた

切り離せない影のように
今日も悪いうわさが追ってくる ♬


歌自体は男女の恋愛末期の物語ですが
季節的にも世相的にも、
なんだが今を歌っているようです。


一人じゃ寂しすぎ
二人じゃ辛すぎた

少し話は逸れますが、
この部分、男女二人ではなく
組織という観点で私なりに
もうひとフレーズ付け足すと

「三人以上は面倒くさい」

三人以上集まると
多かれ少なかれ派閥ができますから。
人間関係はホント難しいものです。


まあ今は必要最低限の事以外、
自粛すべきなんでしょうね。


自粛といえば、

私、30数年前も個人的に
自粛に追い込まれました。

自粛というより
もう引きこもりの一歩手前状態。

それは34年前の4月のこと。
ある日の満員電車で
突然襲ってきたのです。

朝から何となく普段と違う
違和感はあったんですけどね。

腹部に膨満感を感じはじめた直後、
ガタガタと手足が震えだし、
噴水のように汗が噴き出し、
そして、強烈な吐き気が…。

急行電車なのですぐには降りれない。
このままでは前にいる人を
汚物まみれにしてしまう。
車両中が地獄絵図と化す…。

気を沈めようと思えば思うほど、
汗は容赦無く流れ落ちてくるのに
手先は氷のように冷たくなる。
吐き気も我慢の限界に近い。

次の停車駅まで5分たらずだったけど、
永遠に感じるほど長い…
なんとか次の駅まで耐えて、
倒れ込むようにフォームに
降りたんですけどね。


不安神経症(パニック障害)
その発作です。

仕事が重なり「えらいこっちゃ!」と
「パニクる」じゃないですからね。

少し大袈裟かもしれませんが、
同じ病で苦しむ人たちの緩和と
この病を持った人が身近にいる人たちの
理解促進につながればという思いで
この話、取り上げてみました。


その日の発作以来、
その場を容易には動けない
環境に身を置くと、
頻繁に発作が起きるようになりました。

例えば、
電車、飛行機、車といった乗り物系。
特に駅間が長い急行電車や満員電車、
すぐに車を止めて降りれない高速道路…

他にも
歯医者、床屋、セミナー、会議、
満員の映画館等々…

人生180度変わったとは思いませんが、
行動範囲とパターンは
150度位変わりましたかね。

人と戯れることが好きで、
相手がいれば労を惜しまず
出かけていた私が、
その欲求よりも発作回避を
まず優先するようになりました。

20代前半までは特にキツかった。

元々細身だったにも関わらず、
気力と共に体重も奪われ、
1年間で13キロ減。
もうガリガリです。

魂の抜け殻でしたね。

それから良いのか悪いのか
今も体重は変わりません。

また、
当時はパニック障害という病名もなく、
果てしなく理解を得にくい
時代だったことも
さらなる悪化を招く悪循環に。

周囲の
「気のせいだよ」
「またかよ」
「付き合い悪いな」
こんな言葉がキリキリと
胸に突き刺さる日々でした。

発作を起こすたびに、
同行者から向けられる
「なんで?どうして?」という眼差し。

説明のしようがない…。

歯医者で、発作が収まらず
「少し休ませてください」言った時、
歯科医が発した舌打ち。
その時は心が折れる音が
聞こえました。

そういう時代だったんです。

私だって逆の立場で、
同行者がしょっちゅう
こうした発作を起こしていたら、
「まじか、勘弁してくれよ」と
平気で言ってたでしょう。

一緒に出かけるのも
やめようと思ったはずです。


どうやって毎日会社に行っていたのか
今思えば不思議なくらい。

私の中に見栄とプライドが
僅かながら残っていたんでしょうね。

長い通勤は無理だと分かっていたので、
常に勤め先から3~4駅のところに
部屋を借りてました。
ダメそうな時は2駅くらい歩いたり。

そんなこんなで
多くの人に迷惑と心配をかけながらも、
そして自らも多くを犠牲にしながらも、
社会から取り残されることなく
社会人としての体裁を
なんとか保ってきたわけです。

今でも時々発作はおきますけど、
年齢と共に神経が太くなってきたのか、
年々発作の頻度は減ってきています。

最も大きかったのは、
前述したような状況下でも
発作が起きなかった時の原因を
自分なりに探り、分析したところ、
一つの共通点を見つけたこと。

それは
「何も食べず空腹な状態」。

この時は発作が起きない、
起きたとしても軽いこと。

まったくもって
非科学的な自己暗示です。

私の場合、発作のスタートが、
「腹部の張り」で、
汚い話、頻繁にゲップが
出てくる感じだったので
食べないことの効果は
あったのかも知れません。

素人考え丸出しですが、
心療系・神経系の病で、
暗示は大切です。
大丈夫だったという実績の積み上げ
イコール暗示ですから。

どうしても前述の状況が
避けられないことが
事前にわかっている時は、
まず食べないことで、
切り抜けてきたわけです。

会食の時などは、
メニューなど全然興味ありません。
ひとくち、ふたくち箸をつける
あるいはつけるフリをして、
ひたすら喋り倒していましたね。


旅行ともなると大変です。
宿に戻るまで、
あるいは日帰りの場合は
最寄駅に着くまで、
何も食べないわけですからね。

それでも
あの発作の苦しみを思えば
空腹など苦痛でもなんでも
ありませんでした。

ただ一緒に出かけた人からすれば
たまったもんじゃありません。

自分は食べているのに、
目の前にいる私が
一切食べ物を口にしない…

突然真っ青になって
電車を降りると言い出す…

映画の途中で退席する…

心配になって後で様子を見ると
拍子抜けするほどケロっとしている…

相手からしたら面倒臭いはずです。
いろいろな人に迷惑を
かけてきたものです。

今思えば、
不運にもかかった偶然性の
病というより、
自ら招いた必然性の要素が
大きかったんでしょうね。

長くなったので、
その要素、要因のところは
次回に。

ではでは。