Column

2017年8月04日 若者の〇〇離れ

♪君の〜行く道は〜
♪果てし〜なく〜遠い〜
♪だのに〜なぜ〜

若者たちは〜いろいろのものから離れていく〜のか〜♪

と、どこかの元某議員風に。

昨今、車離れ、新聞離れ、酒離れ、恋愛離れなど、
若者の「離れ」現象が後を絶たないとか。

先日も、若者の「果物離れ」が進んでいるというニュースをTVで見た。
値段が高い、剥いたり食べた後の処理が面倒だというのが理由だとか。

そのうち若者は、歩いてるだけで肉離れになるのか?
大きなお世話だ。「このハゲー!」とか言われるよね。

まあ、そう言われたら
♪そんなつもりはなかったんでスゥ~
と謝っておこう。

だけど、諸々の「離れ」現象の理由をよくよく見ると、
どれも若者に限った話ではないような気がする。

既婚者なので恋愛離れは置いておくとして、
その他の「離れ」はおじさんの私にも当てはまる。

例えば「車離れ」。
これは交通や生活の便が良い街を拠点にしている人に限っただけのこと。

私も数年前に手放した。
私の友人も何人か手放したと言っている。
もともと車に全く興味がないということもあるが、
月に2回ほどしか乗らないのに、数万円の駐車場代から、税金、保険、車検…。
維持費を考えるとデメリットしかない。
私からすれば金食い虫かカネゴンかといったところ。
気付くのが遅すぎたくらいだ。
手放した後も今のところ何も不便を感じたことはない。
ただ、おかげで今では林家ペーパードライバー。

車にステータスを感じない若者が増えているのは事実だけど
どちらかといえば、生活必需品であるかどうかの話。
車がなければ買い物すらままならない場所や、
介護や育児に車が欠かせない状況にある人たちの間では
車離れが進むことなどない。

中々、景気・給料が上向かない中、都心部においては、
車はただの贅沢品であって「生活上不要」である。
という、冷静な判断を若者がしているということ。
昭和世代は、趣味・見栄で保有している人が多いのも事実。
これは、間接的に恋愛離れにも通じているように思う。
なぜなら、昔は女性からモテるため、車に投資する男が数多くいた。
車に金をかけてまでモテたいとは思わない若者が増えているということだから。

次に「新聞離れ」。
確かに年代別の新聞購読率だけを見れば、若者の新聞離れは顕著だが、
通勤電車の中で、新聞を読んでいる人をほとんど見かけなくなった現状からして、
30代以上の「離れ」も明らかである。
もちろん、家で読んできている人もいるだろうけど、
少なくともガラケーの時代までは、
電車で器用に新聞を折りたたんで読むおじさんの姿は「朝の風景」だったから。

年配の人は、ディスプレイで活字を追うのが馴染めないとか、
「デキる社会人は新聞を読むもの」という意識が強いから、
まだ購読者も多いかもしれないが、
もう一世代進んだら、どの世代もほとんど同じ購読率になるのでは。
スマホ、PCで新聞より早く情報を得られる時代。
小さな頃からインターネット環境に慣れ親しんでいた世代の人にとって、
「新聞を取る=無駄なコスト」となるのは必然。
「携帯があるから家電(いえでん)は不要」と同じ感覚だと思う。

私の場合、今や50センチ以上離さないと新聞が読めないので、
満員電車で読むのは諦めた。
電車では拡大表示ができるスマホの方が読みやすい。
そのため、夜、家で朝刊に目を通す日も増えている。
チラシと合わせて処分が面倒な事も含め、
新聞解約に気持ちが傾いているのも事実である。

続いて「酒離れ」。
私は酒を飲んだ後に電車に乗るのが苦手なので、
大事なお付き合い以外では、滅多に外では飲まない。
なので、若者の「酒離れ」とは、その理由が異なるが、
若者の気持ちが分からないでもない。
メールやSNSでコミュニケーションもとれる時代。
人に会って、気を使ってストレスを溜めるよりマシと考える人が増えるのは
健全ではないけど必然かと。

経験上、特におじさんの自慢話、過去の栄光を聞かされるほど、
苦痛なことはないから(これ、自分への戒め)。

おじさんは、若者の流行や話には興味ない、
あるいは言っていることがよく理解できない、
若者は、おじさんの言っている昔のことなど興味がない、
あるいは何のことやら分からない。
結果、立場も年齢も上のおじさんだけが気持ちよくしゃべっているだけ。
こんな若者の気の毒な状況、よく見かける。
(自分のことを言っているような気がしてならない)

どうでもいいことだけど「果物離れ」。
これは性格的な問題で、ものぐさな人は嫌いじゃないけど食べないのでは。

私も苦手である。
ほとんどの果物が丁寧に剥いて、種をとるだけでも面倒なのに、
手がベタベタになるストレスまで加わるのが、もうどうにもこうにもブルドッグ…。
面倒な事は承知だから、人に「剥いて」なんて図々しことも言わない。
結果、滅多に食べることがない。

兎にも角にも生活スタイルが私達の若い頃に比べて変わりすぎている。
娯楽や情報収集の機会が限られていた時代を長く生きてきた人は
理解に苦しむかもしれないが、昭和の価値観の無理強いはやめた方が得策。
我々中高年はこの現象を嘆くことなく、「だよね〜」と軽く冷静に受け入れてあげましょう。

ただ、「恋愛離れ」だけは疑問。
おそらく傷つかないための言い訳、逃げ、だと思うけど、
本気と書いてマジで異性に「興味がない」とか
「恋愛が面倒くさい」と言っているのであれば大問題。
それこそ国の活力も失われてしまう。
異性や恋愛に興味が無いわけが無い。
若いうちはそのことしか考えていないくらいが健全だから。
それとも「増えすぎたものは滅びる」という歴史を繰り返してきたから、
人類もそのように淘汰の方向に向かっているのか…。考えすぎか。

「〇〇離れ」が進んでいる一方で、
親離れできてない若者(子離れできていない親)が増加しているという。
考え方は冷静でクールだけど、自立ができない。
こちらの方がよほど問題のような…。

私の場合、小学校高学年にもなると、
もう家族といる時間は、只々退屈でしかなかった 。
話すこともないしね。
友達が増え、異性に興味が出てくれば、
1日でも早く家族の干渉から逃れて(家を出て)
自由になりたいと思うのが普通なのかなと。

家族との絆を大切にするという事とは、まったく別な次元で、
10代になれば自然と湧き上がる感情だと思うけど、違うのかな?

家族が老いたら、その時に世話をかけた分の恩を返す。
それまでは「無沙汰は無事の便り」。
たまに顔を出せばいい。

学生時代に家を出て、金に困ったときだけ連絡をしていた
サイテーな人間が言っても全く説得力がないけど。

肉離れから、随分と話が飛びましたが、

ではでは。